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おじいさんは海が好きでした。

真っ白な砂浜の、きれいな青い海が好きでした。 

 

その日もおじいさんは海に来て

遠い昔すぎて、かすかだけれどそれでも焦がれるものに思いをはせて、

耳を澄ませていました。

すると、 ぱちん とはじける音がして、

同時に声が聞こえたような気がしました。

足元を見てみると、砂浜のくぼみに取り残された小さな魚が

こちらを見上げていました。 

 

先ほどの声は 君かな 

なんだかとっても懐かしい声だった気がするよ 

 

ささやいて、魚を海に戻そうとすくい上げると、魚がなにかを大事そうに

抱えているのに気が付きました。

それは小さな、小さな小瓶でした。 

小瓶の周りにはこれまた小さな泡がまるで花束のように

寄り集まっていました。 

 

ぱちん 

 

おじいさんの手の中で泡がはじけ、聲が聞こえました。 

そして今度こそ思い出しました。

かすかだった記憶が、鮮やかに。

嵐の海で、出逢ったあの子。

自分は溺れ、意識も朦朧としていたけど、聲だけは耳に残っている。 

どうして あの子の聲が聞こえるの 

 

いつの間にか、失ってしまったあの子。 

気が付くと、おじいさんはぽろぽろと涙を流していました。 

 

そう あの子はここにいたんだ 

泡となって 海にいたんだ

 

涙が落ちて、泡がぱちんとはじけます。 

聲はどこまでも優しく、おじいさんを慰めているようでした。 

涙が止まらないおじいさんに、魚が語りかけました。 

 

おじいさんはこの子を知っているの? 

僕は波を漂っていたらこの子をみつけたの 

それからたびたびこの子を見つけるようになったんだよ

 

優しいけど さびしそうな聲が忘れられなくて  

いろんな海を探してここにたどりついたんだ 

今のこの子の聲 なんだか嬉しそうだった 

この子はおじいさんを探していたのかもね 

 

どうかお願いだよ 

この子のそばにいてあげて 

泡は引き合う性質を持っているから 

この小瓶を持っていれば この子のかけら 見つかると思うんだ 

僕も探すよ 

一緒にこの子のそばにいよう 

 

おじいさんはようやく涙が止まったようでした。 

力強くうなづいて、最後に目じりに残った涙を散らしました。 

 

私もずっと探していたんだ 

この子を連れてきてくれてありがとう 

これからどうぞ どうぞよろしく

泡沫姫の

聲雫

泡沫姫の

聲雫

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